東京版:井戸のある風景100選


013_港区元麻布1丁目の善福寺前の柳の井戸


元麻布善福寺柳の井戸


麻布善福寺前の柳の井戸、ココは、都内でも数少ない(自噴の井戸)です。

※自噴井とは、被圧地下水(粘土層のさらに下にある圧力を受けている水)の存在する場所まで掘りぬかれた井戸であり、受けた圧力と大気圧がつりあう所まで水位が上昇し、結果として自ら地表に吹き出てくる井戸の事を言います。

ちなみに、通常の井戸ポンプは粘土層の上に溜まっている地下水をくみ上げています。

写真の左のお墓のような部分が井戸の本体。 


そこから湧き出た水が石の樋を通って四角い石に送り込まれています。 


元麻布善福寺柳の井戸  元麻布善福寺柳の井戸


水量は多いと思うのですが、昔はもっと多く湧き出ており、近所の豆腐屋さんが豆腐作りに使う水として汲みに来ていたそうです。

井戸脇のこの水路(右写真)を通って、最終的には排水溝に流れてゆきます。 

関東大震災や東京大空襲の時では多く人が飲み水として利用し多くの人の命を支えました。
 
井戸は大切です。

元麻布善福寺柳の井戸  元麻布善福寺柳の井戸


説明にもありますが、この井戸は空海(弘法大師)が柳の木の下で錫杖を立てたところ、湧き出してきたという言い伝えが残されています。

ちなみに・・・・

弘法大師が同様の手法?で掘り出した井戸、泉、池、温泉などが日本全国に千数百箇所あると言われています。異常に多いですね。

恐らく、水に不自由している村で、物凄い苦労をした結果、井戸を掘り当てたり湧き水を見つけたりした喜びを村人に伝え、その大切さを後世に残すために「弘法大師が・・・」と言い伝えてきたのでしょう。

数に偏りがありますが全国に弘法大師の井戸の他に、日蓮大聖人の井戸、親鸞上人の井戸、法然上人の井戸・・・と各宗祖の井戸が沢山あります。

その中で弘法大師の井戸が群を抜いて多いのですが、これは空海が唐より持ち帰った「土木・治水工学関係」の業績と関連づいていると思われます。

※弘仁12年(821年)には香川県の満濃池(まんのういけ、現在の香川県にある日本最大の農業用ため池)の改修を指揮して、アーチ型堤防など当時の最新工法を駆使し工事を成功に導いた。

もともと作り話であるため、何の謂れも無いお坊さんより、「水と言えば弘法大師」の方が説得力がある・・・・と言った感じでしょうか。


 


弘法大師の井戸の謂れにはいくつかのパターンがあり

@水に不自由な土地を旅している際、大師は喉が乾き水を所望する。村人が遠方から水を運んで快く水を提供したので、水に不自由な村に同情し、御礼に杖で地を突いて水を出す。

A上記と同様、塩の入手が難しい土地の住民に同情し、塩分の濃い水を湧かす。

B盲目の老婆に水をもらい、御礼に眼病に効く水を湧かす。

  病気が治る弘法の井戸(弘法水)は同様に

  「●●病の村人から親切にされ●●病が治る水を湧き出させた」とまとめる事ができます。

また、水を湧き出させる他に、不親切な村人には井戸を涸らせたり、苦くしたり濁らせたりして飲めなくしてしまうパターンもあります。(オソロシイ・・・)


【TOP】

【012】< >【014】

 

Copyright 2008- 井戸のある風景100選_選考委員会. All rights reserved.